経済学史学会第69回大会2日目(1)
よんどころのない事情で1日目は聞くことが出来なかったのだが,2日目は午前中の2報告を聞き,そして午後からのフォーラムを無事終えた。
午前中の第1報告は,若田部会員(学史学会は,こう呼ぶのが慣例)による「「安定化」とその批判:1920年代貨幣景気循環論発展史の一側面」を聞いた。参加者はざっと40名ほど。風邪気味とおっしゃる若田部会員,しかし,冷房ちょっと効きすぎのあの部屋で上着を脱いでの熱のこもった報告だった。
報告内容は,すでに学会のサイトにPDFもアップされているので,省略。討論者とフロアからの発言,それに対する若田部会員のレスポンスを簡単にメモしておこう(※なお以下は中村のメモ書きによるので多少発言そのものからずれているかもしれない。内容についての責任はあくまでも中村にある)。
1)討論者:小峯会員
質問1 安定化概念そのものに関して。1930年代以降も視野に入れた場合,「安定化」は「管理化」という概念で包摂されるのではないか。だとすれば,より上位の概念でこの時期の学説史の流れも把握したほうが適切ではないか。
質問2 安定化批判論者を,言うようにシャープに峻別できるのか。例えば,ロバートソン。
回答1 「管理化」よりもPlanningを考えている。Macro Economic Planning という考えは,必ずしもミクロの次元での介入を伴うものではない(むしろ排除)。(「安定化」という考えが「管理化」に直結するわけではない。)
回答2 実物的景気循環論者のロバートソンにとって,金融政策による安定化は従。ロバートソンの考え方は,金融政策による安定化には否定的ないしは懐疑的。
その後,フロアからもいくつかの質問や意見が寄せられた。野口会員からは,政策目標としての「安定化」がより上位の目標であり,「管理化」は一つの手段であろうという主旨の小峯会員のコメントに対する意見。また平井会員からは,ヴィクセルの系譜を考えた場合,報告における「安定化」論者vs.その反対者という二分割はどうなのか?という質問。また池尾愛子会員からは,英米の学者間の異同・相互影響について質問があった。
ほかにもいくつか質問があったが,それだけ内容的にも充実し,知的刺激の豊富な報告であったがゆえであろう。
中村には,報告要旨には4行ばかり触れられているだけであるが,安定化貨幣連盟・協会関連の資料発掘と紹介が非常に興味深かった。フルペーパーになる際に,より具体的な“安定化運動”の内容も併せて明らかになることを期待したい。


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