山田和『瀑流』(文藝春秋社,2002年1月)
昨日のエントリーの追記分に関連して,以前に書いた書評(「MM日本国の研究」で配信)を再掲。
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昭和戦前期の「庄川流木事件」のことを知っている人はどのくらいいるだろう。
この小説は、当時、庄川上流の小牧ダム建設に関わって地元の林業関係者(その中心的人物が飛州木材の専務平野増吉:小説中では、岡野平吉)と電力会社(当初は浅野総一郎:佐野利一郎として小説中では登場。ちなみに浅野も富山県氷見郡藪田村出身)との間で争われた流木権問題を中心に、開発の問題全般を見据えた渾身の力作である。
物語は、主人公・柳瀬征一郎が日中関係の悪化に伴い妻子を残して富山県東砺波郡金屋に帰ってくるところから始まる。ダム推進派の矢川組出材部に入社した征一郎は、やがてこの事件に巻き込まれていくのだが、「流木」という一般読者にはあまりなじみのない営為のディテールが丹念に描かれており、臨場感あふれる叙述となっている。
林業自体は今や衰退産業であり、外国からの安い木材の輸入と労働者不足による高賃金とでまったく競争力をなくしている。競争原理から言えばそれはやむをえないことであるかのごとくとらえられもするが、はたしてそうなのであろうか。
少なくともこの昭和戦前期の時点では、小説中にも描かれているように日本海側の木材集散地としての庄川河口は林業によって発展する余地は多いに残されていた。岐阜県側からも木材は搬出されており、庄川はその木材を「木呂」と呼ばれる昔ながらの形で搬出する一大流通路に違いなかった。
一方、第一次世界大戦後の重化学工業化の波の中で、時代は大出力発電の必要を高めていったのも事実である。急流を擁する日本の地形から言えば、水力発電は初期費用は大きいが非常に安価な電力を供給しうる方法でもあった。
本来ならば、ダム建設に着手する前の環境アセスメントが十分でなければならない。しかし、この庄川電源開発について言えば、あまりに電力会社とそれを「国策」の名の下に後押しをする国や県の横暴さが際立つ。また一旦着手され出来上がってしまったダムは壊しようがないというまったく無茶な理屈でもって地元の人々が営々と営んできた生業を奪っていった。
現今の長良川河口堰問題や有明海諌早湾干拓問題を見ても、そこにあるのはなし崩し的な既成事実の積み重ねとそれを擁護する官の論理だけである。「原始産業」と言われ、近代化のお荷物と言われた産業の悲劇をわれわれは今なお繰り返しているのではなかろうか。
なお,日本で最初の水力発電のためのダムは木曽川水系の大井ダムのようだ(1924年竣工)。こちらを参照のこと。
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Comments
ところでぜひ例のMM崩壊の引き金wになった野口書評をアップしてくだされ
Posted by: tanakahidetomi | February 10, 2006 at 09:52 AM
本当に引き金になったの?笑 確かにその論説(書評ではなくて,クロノロジカル日本経済第10回「官僚陰謀史観?」で「1940年体制論」批判をしたものですね)は単行本に未収録の“幻の一本”ではありますが。
Posted by: nm | February 10, 2006 at 12:05 PM