早読み東洋経済プラス幻の論説
『週刊東洋経済』(2/18日号*月曜発売)のブックレビューで香西泰氏が野口悠紀雄氏の『日本経済改造論』(東洋経済新報社)を評して
著者は1990年代以来の政策論争で,標的扱いされても屈するところがなかったが,本書はさらに踏み込んで,満を持した著者の勝利宣言の感がある。
と書いている。とすると,野口氏の「1940年体制」論も数々の批判にもかかわらず,「勝利」しちゃったのかしらん?
さて,以下に再掲する拙論は,2002年に書いてメールマガジンでも配信されたが,単行本には未収録(サイトでも読めない)の「幻の論説」(前にも再掲したかもしれないが,リクエストもあったので再々掲)。また「論説」と呼べるほどの本格的なものでない(*)ことは重々承知の上である。一つの問題提起として読んでいただければ幸いである。
(*本格的な1940年体制批判は,たとえば原田泰さんの『1970年体制の終焉』(東洋経済新報社,1998年)をお読みいただきたい。)
「クロノロジカル日本経済 第10回 官僚陰謀史観?」
●「1940年体制」論
野口悠紀雄氏(現・青山学院大学教授)の『1940年体制——さらば「戦時経済」——』(東洋経済新報社、1995年)は、現代日本の「構造問題」が、戦時期に形成された大蔵省・日銀を中心とする「統制経済」に根差すことを主張したものであった。この犯人探しのストーリーは俗耳に入りやすいものであったためか、その後、日本型経済システムと言うと「1940年体制」論が持ち出されることになる。
この『メールマガジン日本国の研究』のレギュラーの一人でもある田中秀臣氏は、『論座』(朝日新聞社、2002年6月号)の特集「ニッポン言論界のタネ本15+α」において、この『1940年体制』を取り上げ、その硬直した思考枠組みを批判し、また昨今の不況レジームを分析する枠組みとして役に立たないばかりか、誤った認識を植え付けるものとして糾弾している。
●経済史家からの批判
いっぽう、経済史家の間でも早くからこの「1940年体制」論については、いくつかの批判が出されてきている。もっとも早いもののひとつとしては、『エコノミスト』(1995年5月9日号)に掲載された故・橋本寿朗氏(当時、東京大学社会科学研究所教授)の論説がある。
橋本氏は、まず第一に、「1940年体制」論が主張する戦時期の経営者の地位の向上(「生産責任者」に任命された経営者)は政府が株主を代位したために生じた現象であって、株式所有構造も商法も戦時期には変化しておらず、財閥解体がなければ戦前の大株主が復活したであろうし、財閥解体が目標としたアメリカ型ガバナンス構造の導入の試み〈にもかかわらず〉、日本では1950〜60年代に相互持ち合いによる安定株主関係という新たな「日本型のコーポレート・ガバナンス構造」が生み出されたと指摘する。第二に、戦時に導入された食管制度について、戦後版のそれとは外見は同じでも、その中身はまったく違う点を指摘している。供出の仕組みは指令的なものから「民主的」なものに変化し、その供出率は大幅に低下した。食糧不足が解消した後も食管制度が存続したのは、戦前にはなかった強い政治力を持った農民組織の登場という新しい条件に規定されているということである。
そして、「1940年体制」論の最も弱い点として、その「体制」が現在までつづいているということに対する整合的な説明が欠けている点を挙げている。戦時期の計画経済が機能したのは、為替輸入管理がおこなわれたせいぜい60年代までの現象であり、現在を説明するのは到底無理であると論じている。
しかし、早くからのこうした批判にも関わらず、野口氏自身の「1940年体制」論に対するこだわりは強まりこそすれ、弱まっていないように思われる。最近の中央公論掲載の論説もそうであるが、野口氏のサイトに公開されている推理小説(?)(『週刊新潮』連載の「「超」納税法」の「シャウプ勧告の秘密」(3/21号)「戦後日本の設計者は誰か」(3/28号))も「1940年体制」論の税制面からの補強論である。
●大蔵陰謀史観?
野口氏は、「シャウプ勧告は、大蔵省が仕組んだ芝居だったのではないか」という仮説を提示し、それに対して大胆な推測を述べる。もっとも、「具体的な証拠は何もない。状況証拠から私が勝手に想像しているだけだ。だから、推理小説のつもりで読んでいただきたい」と断っているのだが、読者は果たしてこの「推理小説」のオチをどう読むのだろうか。
野口氏は、「シャウプ勧告」を演出したのは、正史に書かれている占領軍や、ましてや吉田茂などではなく、黒衣に徹して表には現れず、占領軍の権威を徹底的に利用した大蔵官僚だったと言う。
そしてその中心的な役割を担いつつも、「歴史の公式記録には何の痕跡も残さなかった知恵者」として、主税局長、国税長官から大蔵次官になった、とある人物の存在を仄めかしている。そして、故人となったこの人物とともにすべての真実は歴史の闇のなかであると締めくくるのである。
もちろん、このMM読者諸賢には野口氏がもったいをつけて仄めかしている人物ぐらいはすぐに思い当たるであろうが、あえてここで種明かしをすれば、その人物とは、1947年から52年まで主税局長の地位にあって税制改革の中心的役割を果たし、その後国税庁長官を経て、55年に大蔵次官、57年に日本開発銀行副総裁、63年同総裁となった平田敬一郎氏のことである。
では、本当に平田氏が中心となって「シャウプ勧告」は演出されたのであろうか。
平田氏は『昭和史への証言』(安藤良雄編、原書房、1993年)のなかでインタビューに答え、つぎのように「証言」している。
「ところが、[シャウプ勧告通り]やってみたのですが、実際は日本の当時の経済というものは、アメリカの経済なり先進国の経済に比べて、たいへんまだ後進国でしたし、しかも戦後の混乱期でしょう。だからどうもうまくいゆかぬ。……ある程度シャウプ勧告を修正してもしょうがない、修正せざるを得ないという状況に追い込まれまして、かえていったんです。その点のギャップは率直にいって大きかったと思いますね。」(196頁、[]内は引用者が補った)
「シャウプ勧告」が大蔵省の思惑と異なるものであったことはあきらかであろう。大蔵省が描いたシナリオで「シャウプ勧告」が進められたのならば、この平田氏の述懐は「嘘」だったのであろうか。あるいは、のちの修正も芝居の筋書き通りだったのであろうか。
もちろん可能性は否定できない。平田氏が「狸」で、野口氏が推測するようにそういう落としどころを用意したのも大蔵省であり、結果的には大蔵省の狙い通りになったのだと主張することはできよう。しかし、それが認められるならば実証史学は崩壊してしまわざるを得ない。野口氏の「1940年体制」論には、どうも日銀・大蔵陰謀史観としか読めないような偏りがあるように思われるのである。
●大蔵省 vs. 内務省
確かに大蔵省は重要な官庁であろう。たとえば公共事業一つを取ってみても、それは国家予算を用いておこなわれるのだから、一番根っこの予算配分は大蔵省主計局が握っているとも言える。
しかし、たとえば戦前期大蔵省と並んで政治家や政党にとって重要だった官庁として内務省があることを忘れてはならない。内務省は戦後改革のなかで解体されてしまったが、戦前においては、選挙運動を含めた政治活動の取り締まりと、選挙民誘導に必要な公共土木事業の決定を担当したのは、ともに内務省であった。
前者は、現場の警察署長の人事権を所轄する内務省から派遣された府県の警察部長であり、警察部長を指示するのが、内務省警保局であった。後者の公共土木事業について、事業施行箇所の指示を与え、具体的な業者選定をおこなうのが、府県知事と内務省土木局の権限に属した。
公共事業を通じて、地元の具体的な利権を左右するのはこうした「箇所付け」と呼ばれる決定をおこなう内務官僚たちであった(水谷三公『日本の近代13 官僚の風貌』中央公論新社、1999年)。
誤解のないように付け加えておくと、ここで筆者は大蔵・日銀中心の「1940年体制」論に代わる「体制論」を述べたいわけではない。前回も述べたように、いつの時代にも官の民に対する「補助」はあるのであり、そうした観点から歴史をとらえ返すならば、レント・シーキング活動を助長する条件さえ整えば、どこかの官庁がイニシアティブを握り、政治家はその官庁への影響力を行使するという構図が登場してくるのであるということである。
●統制経済と大蔵省・日銀
野口氏の「1940年体制」論は、企業に対する大蔵省・日銀の間接金融を通じた統制力が、戦時統制経済期に形成された「時局共同融資団」(41年)「金融統制団体令」(42年)、そして「総力戦遂行のための金融統制体制」の総仕上げとしての「日本銀行法」(42年)で完成されたと述べる。また「軍需会社指定金融機関制度」(44年)の下で、融資はすべて幹事銀行に集中され、軍需融資の97%が指定金融機関を通じてなされ、これらが戦後のメーンバンク制の元になったとも考えている。
しかし、こうした総動員体制の下に作られた制度の実際の機能を考えた場合、金融を通じた「統制」がどの程度有効であったのかは甚だ疑問である。
第一、物資動員計画で割り当てられたのは、資金ではなくモノである。指定金融機関はそのモノを調達するために必要な資金を、軍需会社の言われるがままに「融資」したに過ぎない。
大蔵や日銀は確かに威張っていたかもしれない。が、それは「統制経済」であるがゆえの虚勢であり、その点、大蔵省も内務省も商工省(軍需省)も大した違いはなかったのである。
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